2018年05月24日

よしえ虫(むし)の 仲間(なかま)

先日(せんじつ) タラの 切り身(きりみ)の パックを 開(あ)けたら、アニサキスが 死(し)んでいた。
タラは 冷凍(れいとう)されたものを 解凍(かいとう)した ものだった。
だから、アニサキスは 死(し)んでいた のだろう。
魚(さかな)の 体液(たいえき)に ピロンと 力(ちから)なく 浮(う)かんでいる 15oほどの 白(しろ)い 寄生虫(きせいちゅう)。
もし、知識(ちしき)が なければ 糸(いと)くずだと 思(おも)ってしまうだろう。
それでも、かつては 命(いのち)があった。
そして 生(い)きたまま 人体(じんたい)に 入(はい)れば、重篤(じゅうとく)な 症状(しょうじょう)を もたらす。
この 小(ちい)さな 糸(いと)くずのような 寄生虫(きせいちゅう)が、それほどの 脅威(きょうい)だとは 見た目(みため)では わからない。
最近(さいきん)は スーパー店頭(てんとう)でも、注意(ちゅうい)を 呼び掛(よび か)ける 掲示(けいじ)がある。

アニサキスの 影響(えいきょう)なのか わからないが、夕方(ゆうがた) 早い時間(はやい じかん)から 魚(さかな)が 割引(わりびき)してある ことが おおい。
おかげで 安(やす)く 大量(たいりょう)に お造(つく)りを 食べることが できる。
高級魚(こうきゅうぎょ)であっても、半額(はんがく)に なっていれば、手が届(てが とど)く。
よしえ虫(むし)は、切身(きりみ)の 盛り合(もり あ)わせは あまり 好(す)きではない。
ツマや プラスチックの バランも 入(はい)ってるし、割高感(わりだか かん)がある。
柵(さく)を 購入(こうにゅう)して 自分(じぶん)で 切(き)る のである。

これは ヒラマサの お造(つく)り。
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料理屋(りょうりや)で 食(た)べたら、何千円(なんぜんえん)になる だろうか?
しかし、これも 250円程度(えん ていど)だ。

豪勢(ごうせい)な 盛り合(もり あ)わせだ。
DSC_0248.JPG
しかし、これも500円足(えん た)らず であった。

これ以外(いがい)にも、ヒラメや タイなどの おなじみ高級魚(こうきゅうぎょ)も 同様(どうよう)である。
店頭(てんとう)では 珍(めずら)しい、イサキも 食(た)べた。
これは 魚好(さかな ず)きには うれしい ことだ。

そして、よしえ虫(むし)は なじみの ない魚(さかな)を 買(か)うと、食(た)べる前(まえ)に 図鑑(ずかん)で 調(しら)べるように している。
イサキを 調(いさき)べたら、
『スズキ科(か)、日本(にほん)の 近海(きんかい)に 分布(ぶんぷ)。おいしい。』
と、書(か)いてあった。
なるほど、確(たし)かに 白身(しろみ)で たんぱくながら、しっかりと うまみがあって 美味(びみ)であった。
また、イサキは 姿(すがた)も 美(うつく)しかった。
黒(くろ)ずんだ 鱗(うろこ)で おおわれ、背(せ)びれの 先(さき)が 鋭(するど)く とがっている。
絵(え)に かいたような、魚(さかな)らしい 魚(さかな)だ。
図鑑(ずかん)を みると、もっと 魚(さかな)が 好(す)きになる。
遺影(いえい)に 手を合(てを あ)わせているような 気分(きぶん)である。
命(いのち)を いただく前(まえ)に、感謝(かんしゃ)する。
そして 隣人(りんじん)の ごとき 愛情(あいじょう)が 湧(わ)く のである。

今日(きょう)は タラの 切り身(きり み)に 生(い)きた アニサキスが いた。
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主(あるじ)を 失(うしな)って、恥(は)ずかしげに 身(み)もだえている。
この子(こ)が 生(い)きている ということは、この タラは 冷凍(れいとう)されていない ということだ。
生(なま)の 魚(さかな)を 味(あじ)わえる というわけだ。
いちばん おいしく 食(しょく)すのは、命(いのち)を いただく者(もの)の 果(は)たすべき 役割(やくわり)のようにも 思(おも)う。 
posted by よしえ虫 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 虫虫的看法(日記)diary